No.01475

2011年9月10日 撮影
初七日を無事に終えた秋津智久は自転車に跨り、大沢川沿いを走らせる。葬儀の時は空まで悲しみの
鈍色を呈してくれた。能天気な太陽からせめてもの幕張に、今さらながら感謝する。この広がる紺碧
の空は、いつまでも落ち込んでいられないことを意味するのか。父は俺たちを、本当に愛してくれた。
そんな父を姉も俺も、最後まで愛した。痛みで苦しむ父に、モルヒネを懇願したのは姉である。
もういいからあなた、頑張らないで。母の言葉が、40を過ぎた姉と智久を号泣させた。体裁なんて
要るもんか。無理ならばせめて最期は、痛みから解放してやりたい。当然の統一見解であろう。
そんな父であるから参列者は、かなりの数だった。投げ香典を含めるとひと財産が築けそうである。
無論、葬儀の支払いや先取りした四十九日の満中陰志で、結局は持ち出しになるのだが。
子供の頃、この海によく来たものだ。夕方、釣竿を持って訪れ、浮きの見えなくなる寸前まで粘った。
さっぱりの時もあったが、たいてい何かしらの釣果を持ち帰る父を頼もしく思ったものである。
ポケットから取り出したショートホープに火を点け、長い長い息を吐いた。そう言えば高校生の頃、
隠れて吸ったことがばれて、いやと言うほど殴られたっけ。成人式の日にくれたのがこの煙草だった。
67か。早い。早過ぎる。ひ孫の顔を見てからでも遅くないじゃないか。そう思った智久は、祖父も
60過ぎに亡くなったことを思い出した。そうだ、父と同じ胃がんではないか。あ。小さく声を漏ら
す。昨年、父より先に旅立った叔父も肺がん、先だって伯母に初期の大腸がんが見つかった話を聞く。
智久は思いついた何かの考えをもみ消すかのように煙草の火を消し、携帯灰皿に仕舞い込んだ。
再び自転車を走らせ、ときわ橋のたもとにある見慣れた建物の前に停めた。水色の古い時計塔がある
建物は、壁をなまこ壁で守られていた。この町の男のもとに嫁いだ中年女性が、入口に座っている。
専ら観光客相手の仕事に、地元のしかも同級生の智久が訪れたことに最初はきょとんとしていた。
「加代ちゃん、ご主人の具合はどうだい?ちょっと見させてもらうよ。」
入場料の100円を払って入る智久は、開館時間を終える寸前まで細部を見て回った。母屋と離れを
つなぐ渡り廊下を何度も往復した。土地面積から考えて無理があるが、せめて見渡せる中庭を設けた
い。廊下にあしらわれた採光窓は、参考になるだろう。蔵の扉絵や家紋のレリーフも注視した。
「あれ?智ちゃん、今日もなの?いいねえ大企業は。ゆっくり喪に服せばいいよ。」
彼女は、智久が小脇に抱えているスケッチブックに目をやった。ポケットにはデジカメも携えている。
昨日より早く昼過ぎに訪れた智久へ、閉館を知らせにやってくる。加代に、ありがとうと告げた。
「ずっと居ればいいじゃないの。お父さんが死んだら、私たちとは住めないってこと?」
憤りを隠せない姉を、入り婿の義兄がたしなめる。酒を薦め、理由を聞こうとはしなかった。
父の仕事を継ぐものと認識していたが姉が婿を取ったことで、智久は大手企業の保養所に勤務するよ
になった経緯がある。一切の遺恨はなく、むしろ義兄に感謝していた。曽祖父の代では野菜を作って
いた隣地が今回、智久に相続されるであろう。十分に試算検討したうえで、智久は母を含めたみんな
に考えを語った。妻も初めて聞く思いであるが終始、無言で聞いている。誰も反対しなかった。
「どうやら秋津家は、がん家系らしい。会社で年2回の健診がある。俺も宣告を受ける前に、団体信
用生命保険に加入しておきたいんだ。幸い、恵美が貯めてくれた金が頭金にはなりそうだし…」
私も時々は泊めておくれ。袖口で溢れるものを拭いながら、母が告げた。生前贈与をほのめかす。
ひとり静かにそっと立ち上がる妻の恵美が、みんなに実家から送られてきた茶を淹れて戻ってきた。
あとがき
住宅ローンを借り入れる時、一部のローンでは任意ですが、たいていは団体信用生命保険加入が
貸付条件になります。がんなどが見つかった場合は、この保険に加入できない場合がほとんどです。
私と同じ独身男で、残された兄弟に迷惑をかけたくないからと団体信用生命加入で家を建て替える
話がありました。明治商家の中瀬邸は随所に贅沢を取り入れた、頑強な日本家屋のようです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました


ありがたい世の中になりましたね。
特に胃がんは手術により治る確率が多いようです。