2012年05月23日

隠裡葉馬篭侘宿(かくれはのうらまごめのわびじゅく) 23





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懸垂なライン


No.01578

土産に買って帰りたかった骨酒ですが残念、定休日でした

                            2012年4月9日 中山道馬篭宿の某土産物店で撮影




空は、いつも晴れているとは限らない。雲ひとつない快晴の日ばかりではないのである。気象学上、
雲の量で天気を表現する。空を10として全体に占める雲の量を雲量と称するのだ。雲量が2まで
を快晴、3から8を晴れとし9または10を曇とする。ただし国際的には分母が8である。ガラパゴス
携帯という言葉があるが、日本独自の判断基準らしい。ガラパゴス携帯は既得権執着の産物だ。

全体に均一な光が降りてくるはずが一番、奥のボックス席にだけ集中して光が降り注いでいた。も
しかしたらママが、実際に調光していたのかも知れない。立場上、何度か席を外すが、ママとチイ
ママの滞在時間が最も長い席でもある。業種の性格上、決まっている訳ではないがほとんど指定
席化していた。このところ連夜である。紺のスーツの下に、トレ・ボットーニのシャツを着込む男だ。

東大理学部を何とかクリアした頃から、彼の人生には常にダウンライトが頭上に設置されているよ
うであった。非鉄金属最大手の企業に就職し、花形の部署を渡り歩く。一流商社に勤務する友人
を持ったことで、ダウンライトにカラーフィルターが取り付けられた。彼の苦手な分野を補うかの如
く、七色の光が降り注ぐ。満を持して退職、さらに洗練されたものになっていったのである。

若き起業家、兵頭透は過労を嫌った。労働時間を守り、常に明日への活力を養うことを忘れない。
それは彼にとって必ずしもクラブ通いではないが、夜のネオンは今の彼を盛り上げるに十分である。
腹心を連れてくることが多かったが、今夜のように友人の見延が来ることも珍しくなかった。もち
ろん、支払いはすべて兵頭である。商社に勤務する見延には、恩返しの一環でもあった。

ちろちろとひとり歩きする社長の左手の指を横目に見ながら、明日の成功を夢見る部下たちは
やがて自分の指にもひとり歩きをさせたくてうずうずしていた。そんな煩悩を把握している兵藤は、
人事管理も卓越した経営者であった。自分だけが動く企業に成長は運しかない。部下を適材適所、
駒の運びが巧みな武将のみが勝利の美酒を知っている。ママたちの高額な演出にも支出を厭わない。

「そうそう。最近、あの人は来ないのねえ。ほら、厳つい顔をした大柄の…」
若いホステスの暴走は止められない。一瞬、眉間に皺を寄せたのを見逃さない兵藤は、チイママに
寛容の目配せを送る。29歳の好奇心は、大人を気取った弁えが押し殺しているだけである。女の
ことでも百戦錬磨の兵藤にわからないはずがない。逆に彼女たちの満足する方向へ光を向けた。

先日、刑事が来たんだよ。置いた間に乗せられたように、ホステスたちが身の乗り出した。開いた
ワンピースの胸を、部下のひとりが覗き込んだ。兵藤は続ける。何度かここに来た男、覚えている
だろ?あの嶽元と言う男、ふとしたことで知り合ったんだよ。姉が金融業で、2億の融資を引っ張
ると言うからしばらく様子を見てたんだ。そしたらなんと、その姉が何者かに殺されたんだよ。

それで、それで?ますます開放され、部下の男が視線に落ち着きを失う。効果的な間を駆使しなが
ら兵藤は続けた。金庫に現金は残っておらず、刑事はどうやら嶽元が金目当てに犯行へ及んだの
ではないかと見ているらしい。それが俺に融資の話を持ちかけて断られたことに焦ったことを、警察
で話しているみたいなんだよ。俺は素直に、そんな話もありましたと答えてやったけどね。

「え、ええ?兵藤さんまで、疑われたりしないのォ?」
「それは心配ない。今回の融資は予定通り、ノンバンクで確保できた。俺が口を利いてやったよ。」
この店で一番高額なシャンパンを一気に飲み干した身延は、隣に座る女の下半身に手を伸ばした。
あからさまな行動に脇の甘さを感じた兵藤はこの時、友人の見延もいつか切らなければと思った。









あとがき
仕事に賭ける姿は同性から見ても、魅力的に思います。かつてサラリーマンだった頃、こういう類
の店へも呼ばれました。派閥の結束を目論む役員は、運良く営業成績の芳しい私を末席に加えます。
馴染みの奇麗どころが役員の横に座ると彼は、ホステスの胸に手を入れてまさぐり始めました。私
も同類項と目されているだろうことが恥に思えました。おかげで今は気楽な人生を選択しています。





     東日本大震災では取引先や友人を苦しめました。
     神戸に住む私にできることを模索、別ブログでしばらく
     被災地の名産品を掲載することにしました。

        《打上花火》・・・短くも美しく燃え
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2012年05月22日

隠裡葉馬篭侘宿(かくれはのうらまごめのわびじゅく) 22





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No.01577

えっと脱輪はしていません。でも暗かったら、やってしまったかも…

                          2012年4月8日 中山道馬篭宿、県道7号線(旧中山道)で撮影




保護観察ではない。そのような宣告を受けた訳でも、宣告を受けるべく立場が法によって確定した訳
でもない。更生保護法では成人も、その対象であった。だが今の安狐狸勝(やすこりまさる)は、保護
観察を受けるべく立場ではなかった。逃亡を意図すればいつでも行動が可能な状態であった。住職
の庇護下にあるが、すべてを保証するものでもない。さらに言えば観察されていない訳でもなかった。

恐らく何らかの罪は犯しているのだろう。永昌寺の住職は認識していた。中津川警察署を通じて、山
梨県警から情報が伝えられている。長門勝を名乗る青年が、大家である岩船有那の死に何らかの形
で関与しているだろうことは、本人の動揺からも伺い知ることが容易であった。逃げようともせず、ま
た自首を試みる訳でもない。ただ精勤に寺で務めているのだ。いずれ時がくれば話すであろう。

中津川警察から電話があり署へ出掛けた日の夜、安狐狸は住職の部屋を訪ねた。部屋に来るよう住
職に言われた時、すべてが明るみに出たものと思っていた。おそらくの認識に確証を与えるべく犯行の
自身から顛末報告をすることは、これまでの自分に対する寛容に対してとるべき礼儀だと考えたのだ。
安狐狸にとって住職の部屋に呼ばれている時刻までが、苦痛ではなかった。怯えるものは何もない。

「長門君、私の部屋へ来てくださいますか?」
住職の口調を思い出す。穏やかなそれは、いつもと何ら変わりのないものであった。しかしそれは安
狐狸に何ひとつ影響を及ぼさなかった。口調が険しくても当然であったし、平静を装っていたのかも
知れない。言われた(午後)8時までしばらく時間があり、部屋で正座して瞑想する余裕があった。

まず長門の偽名を詫びなければならない。自分は安狐狸勝であること、殺人犯安狐狸勝であることを。
就職試験の面接でも受けるように、シミュレーションを試みる。それは戸を開けるところから始めた。
礼をし、住職の目を見る。勧められれば前へ進む。本当の名前、本籍地、山口県の住所、山梨県で住
んでいたワンルームマンションの住所、そのオーナーを、この手で絞殺してしまったこと。

恋人に自首を勧められたが結局、逃亡してしまったこと。その主な理由として山口県の家族たちに迫
害が及ぶことを恐れたこと。だが実際は刑に服すことが怖かったこと、それが最もな理由であること。
それは綱領に過ぎず、住職には感じたこと思ったことのすべてを話そうと思った。打ち明ける行為に
何の贖罪も認められないだろうが、自分を認めてくれている住職に対する、最低限の礼儀ではないか。

夢を抱いていた訳でもないし、女と異なり大切に守るほどの価値もない。しかしあのような形で筆を
下ろそうとは思わなかった。若さ故に身体は反応したものの、気持ちが伴っていないことのみが安狐
狸に取り沙汰された。様々な入口があるのだろうが、自分の進入路は寒い方角であったことを悲しむ。
すべては金に支配される、ただれた関係であり終止符を打ちたかったのだ。時計を見て立ち上がる。

住職様、失礼します。修業僧のひとりが住職の部屋を訪れた。声の慌ただしさは安狐狸にも感じ取る
に十分なものであった。彼は早口で伝える。県道から一台の乗用車が脱輪し、立ち往生していると。
馬篭宿のある坂の道に並行して、畑の間を細い道が走る。北口と書かれた場所から入るのだが、鋭角
な上に落差がある。妻篭宿のほうから来れば見えにくく、たまに県外ナンバーが脱輪する難所である。

「長門君。君も行って、お手伝いしてあげてください。」
告白が始まろうとする時に訪れた小さな事件は、住職の判断によって中断された。報告を終えた修行
僧は指示のままに、事故車救済に向かう。数人は必要とする脱輪であることは毎度で、心得ている。
「あ、長門君。聞いています。もう少し君は、長門君でいたほうがいいでしょう。」








あとがき
時代劇の、ほとんどは江戸時代です。それ以前より文献など資料が豊富な理由もあるように思います。
ほんのひと握りの人口である武士をテーマ、主のためには死を厭わない本分が語られます。人間の
本分は生きることではないか、と思います。如何に人間らしく生きるか、に尽きると私は考えます。
つらいことがあっても、何があっても生きるべきです。私にはつらいことなどありませんが…えへへ。





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2012年05月21日

隠裡葉馬篭侘宿(かくれはのうらまごめのわびじゅく) 21





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No.01576

おい、またお触れが出てるぞ!何と書いてんだ?おらも字が読めねえんだ…

                                    2012年4月9日 中山道馬篭宿、高札場を撮影




長い時間が経過した。新米刑事の鰍沢などは、後ろの席でとうとう舟を漕ぎ始めている。それに気付
いている被疑者さえ、何も言わない。鰍沢巡査長にとっても、そして被疑者にとっても無駄に思われ
る淡々とした時間が過ぎていった。手櫛で髪を弄ったり、爪の間に入った小さな汚れを反対の手の指
の爪でほじくってみたりしている被疑者に登呂道警部補からかけられた言葉は、まあ座れだけだった。

「俺はよんぱち、食らってんだろ?マジで48時間、こうしてるってのかよっ。」
耐え切れなくなった嶽元(だきもと)光弘が口を開く。被疑者はこの時点で被疑者であって、犯人で
はない。刑事訴訟法の48時間勾留期限は、逮捕の直後から始まっている。その48時間を、のべつ
まくなしに自白を迫る取り調べが行われる訳ではなかった。被疑者の人権も、守られるべきなのだ。

腕組みをしたまま、じっと俯いている。だが嶽元は、登呂道刑事が眠っている訳ではないことに気が
付いていた。耳が聞こえなくなったのか、と疑うほど静かな時間が続く。上目遣いに盗み見る登呂道
刑事は、まったく動かないし何も話そうとしないのである。そのうち嶽元は、初めての時のことを思い
出していた。高校2年生になったばかりだった。仲間が落としたCDを踏んで足を滑らせたのだ。

まったくの好奇心だった。欲しかったCDでもなかったような気がする。仲間に意気地なしとからか
われるのが怖くて加わった。大型商業施設の一角に設けられたCDショップで、用意していた紙袋に
次々と放り込んでいるところを店員に見つかったのだ。天井に取り付けられたミラーに、しっかり映
っていたらしい。制裁を恐れて、仲間の名前は言わなかった。出会ったばかり、と嘘をついたのだ。

懲りなかった3人はその後、別の場所でも万引きを犯してしまう。見つかって通報され、彼らは嶽元
が仲間であることをあっさり白状した。普段は帰ってこない父親が身元引受人だった。帰宅した途端
にいきなり、力任せに殴られた。母は止めようともせず、罵声を浴びせる。何と言われたか覚えてい
ないが、夜叉のような淫猥な目つきであったことだけが記憶に残る。その時の刑事が今、目の前に。

小さい時、仲間外れにされたこと。担任の先生に、おまえは何をやってもだめだなあと言われたこと。
初めて好きになった同級生に勇気を振り絞って手紙を書いたら翌朝、黒板に貼られていたこと。サラ
リーマンになって通勤の電車で痴漢に間違われ、会議に遅れたくなかったから逃げようとしたらホー
ムの乗客たちに殴る蹴るの仕打ちを受けたこと。会社では誰も信じてくれず、専ら嘲笑されたこと。

「嶽元。自分は最近、吉村昭の本を読んでなあ。おまえは高野長英って人、知ってるか。」
学のない男には無縁な固有名詞である。わずかに顔を持ち上げ、怪訝そうな顔をする。悲しい過去を
思い出す無限冗長のような地獄から、引っ張り上げてもらっただけでも感謝すべきのところであるが。
登呂道警部補は、読んだ本の冒頭を語り始める。政治犯として捕らえられた、蘭学者の話だった。

仙台藩の一門である水沢伊達家の家臣に生まれ、医業を営む傍らで蘭学にも強い興味を示した高野
長英は、田原藩年寄末席の渡辺崋山と交わったことに端を発する。老中水野忠邦は開国論に畏怖の
念を抱いており、幕府はやがて高野長英という稀有の逸材を失うことになる。物語に書かれていた牢獄
の描写は陰惨を極め、生きながらえることが奇跡であった。多くの文献が同様を記す。史実であろう。

唐丸籠で運ばれるところから始まる10ページ超の描写を、登呂道警部補は長い時間をかけて噛み締
めるように話す。その単調な声は、最初に嶽元を取り調べた勢いと異なった。やがて強迫観念に支配
された嶽元は声を荒らげた。俺が姉さんのとこに行った時、既に死んでいたんだ。金庫が開いている
のを見て、つい盗ってしまったが殺ったのは俺じゃない。頼む、刑事さん。俺を信じてくれっ。








あとがき
江戸時代の裁判は、時代劇ほど頻繁に御白州が開かれた訳ではなかったようです。取り調べが行われ、
同心たちが信じて疑わない容疑は攻めたてて自白させます。観念すれば自白調書が取られ、爪印を押
して罪状と刑量が確定します。再審はありませんから、誤審など少なくなかったようです。法治国家である
はずの日本も、未だに同様なケースがあるようで。梨下に冠を正さず、でしょうか。





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2012年05月20日

隠裡葉馬篭侘宿(かくれはのうらまごめのわびじゅく) 20





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No.01575

幸せってさあ、見た目じゃわかんないよね^^

                               2012年4月9日 中山道馬篭宿某所で撮影




ここ2、3日のじめじめした空気と違って、薫る風が爽やかな朝である。キャップに設けられている
ラインをほんの少し超えてしまったが、それすら一笑に付せるほど朝からの、青空の広がりを享受
できる自分が幸福に思えた。液体洗剤を投入し、2回目のスイッチを入れる。型遅れの洗濯機が
ゴトゴトと、大袈裟に自分が働いていることを誇示しようとする健気さを、ぼんやりと眺めていた。

ほんのわずかに浮かぶ白い雲が南のほうにあったのが、いつの間にか北の視界から消えようとして
いる。それを気付いているかどうか、自分にもわからなかった。どのくらい、ぼんやりと考え事をして
いたのだろう。我に返らせてくれたのはブザー音であった。顔を揺さぶるようにして目もぱちくり、
2、3度の瞬きをした。大きいものは先に洗い、もう干してある。靴下や下着類を網袋ごと取り出す。

左手で端を押さえながら、右手でジッパーを開いた。洗濯かごの中に一旦、中身を出した。父や母の
靴下を摘んでピンチに挟む。作った壁の内側へ自分のものを含めた4人の下着を、順番にピンチで
挟む。妹のブラジャーを掴んだ時、肩紐にほつれを見つけた。乾いたら後で忘れず、繕っておいて
やろうと考えていると普段、ここには来ない男の姿が視界に入ったことでわずかに驚き、目を丸くした。

「陽菜(ひな)。いつも、済まないと思ってる…」
「どうしたの、お父さん。何か、あったの?」
「わしは…わしは…おまえが身体を売った金で酒を飲んで、最低の父親じゃ…」
今まで何度、この話をしたことだろう。そして何度、涙を流したことだろう。陽菜は黙っていた。

「みんな…みんな、わしが悪いんじゃ。わしが不甲斐ないばかりに、娘も幸せにしてやれぬ。」
聞こえない距離ではない。陽菜が洗濯物を干す行動に戻ったのは、父の話を聞きたくない訳では
なかった。早く干してしまいたい思いもあったが、それよりも父の気持ちを逆撫でしたくなかったのだ。
長方形のたこ足が2つとも満たされて、陽菜にもうここに用がなくなった頃にやっと、振り向いた。

「あたしね、お父さん。お母さんを…ううん、誰も恨んではいないの。」
ごほごほと咳き込み始めた父の背中をさすりながら、治まったことを確かめて陽菜は話を続けた。
最初は悲しくて涙が止まらなかったこと、それは自分が身体を売らなければならなくなったことだが、
やがて、母を失ったことや家庭の崩壊が悲しかった、と。それは今まで、話さなかったことだった。

父が継母と浮気したことは、母にも原因があったのだろう。いろんな男に身を任せるうちに、性の
重要性に気が付いた。遊びに来ている男もいるが、必要に迫られて訪れる男のほうが圧倒的に多い。
それは精神的に不安定な状態に陥っていることが、始める前と後では態度が違うことで知った。父の
不安定は娘である自分にも原因があったし、世の中にもあったはずである。両親の離婚も仕方がない。

決して褒められた行為ではないが、母が事務所に火を点けたのは父だけが悪いのではない。だが母が
焼け死ぬ必要はなかったのではないか。何もかも失って継母は妹を連れて出ていくことになったが、
父には継母が必要であったし、妹は紛れもない父の娘である。自分が身を売ることで債務が弁済でき、
4人が暮らせるならあとしばらくは我慢ができるような気がする。嗚咽を伴い、娘の話を聞いていた。

「…それで…その…安狐狸さんからは、連絡があるのかね?」
光明寺の境内で会った以降、本当に何の連絡もない。もしかしてスマホの契約も切れているのかも
知れないし、自分から電話もメールもしていない。でも気持ちの整理がつけば、あの人はきっと自首
して罪を償うことだろう。いつまでも待つ、と答えたが父の身体がそれまで持たないことも知っていた。








あとがき
別ブログで被災地の特産品を掲載していますが、5月25日に福島県棚倉町の凍み豆腐を掲載する
予定で撮影していました。石蕗と木の芽を採って来て、干し椎茸を砂糖で戻します。煮干しで出汁を
摂り、出汁がらは干してハムスターの餌にします。斜めに薄く切った人参、殻を取った海老、落とし
蓋をして弱火で一緒に煮込みます。盛り付けて木の芽を載せて撮影、とっても幸せでした ^^






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2012年05月19日

隠裡葉馬篭侘宿(かくれはのうらまごめのわびじゅく) 19





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No.01574

誰が狸で誰が狐?安物の狐と狸もいたりするんですな^^

                               2012年4月8日 中山道馬篭宿某所で撮影




笛吹美知佳は何度も確かめた。棚には並んでおらず、いつも沢庵やらっきょうを箱のままに積み上げ
ているシマの一角に置かれてあった。先月もそこにあったし、その前もそうだった。積み上げた箱の
一番うえだけが開梱され、段ボール箱の一部を切ったものに直接、商品名と金額が書いてある。人件
費の安い国で作らなければ、通常では考えられない価格設定である。だからうちの店でも使うのだが。

「笛吹。バカヤスへ行って、つぼ漬を買って来い。レシート、忘れるなよ。」
オーナー店長に指示され、やって来た。美知佳は彼を好きになれなかった。ちゃんとしたナカヤスと
名前があるのに、もじった言いかたをするのが気に入らない。自分の買い物ではないのだから、レシ
ートは必ず持ち帰る。なのに毎回、レシート、レシート。理由を知っているだけに、うるさく感じた。

スーパー・ナカヤスのレシートを何枚も手にして、自分でまた出かける。そして自宅用のものを買う
時に含めた、1枚の領収書を発行させるのである。笛吹は以前、見てしまったのだ。帳票ノートに貼
付するのだが、そこには使いに行かされた時のレシートではなく、スーパー・ナカヤスのすべて領収
書が貼付されていた。オーナー店長が開けたままに席を外した折、覗き見てしまったのである。

「あのォ、すみません…つぼ漬は品切れですかァ?」
「え?あ、つぼ漬は沢庵やしば漬のコーナーに、なかったですかァ?えっと…ねェ、韮崎くゥん…」
30前の店員は、面倒臭そうに応対した。この女、やる気はないなと思った笛吹は途中から化け猫の
ように濃い化粧の横顔を見ていた。奥の倉庫から現れたあどけない顔の男の子が、商品を手に現れる。

「ただいま、戻りま…した…」
勢い良くバイト先へ戻ったものの、笛吹美知佳は同僚たちの緊張を感じて能天気な態度を控える。開
店前の仕込みは表向き、滞りなく行われていたが各人の手先にまで耳がついたようなぎこちなさが、
すぐに笛吹にも伝播した。業種は入り組んだ構造になってはいるが、客のいない居酒屋は静かである。

「もう一度、お聞きしますが、安狐狸勝(やすこりまさる)さんが粗相をした、と言うのですね?
 その時に素早く給与計算を済ませ、あなたは彼にその場で現金で支払った。そして解雇した、と…」
「市会議員の石和一郎先生、刑事さんもご存知でしょ?ほら暴力団とも付き合いがある、との噂の。
 あ、あくまでも噂です。私が言ったんじゃないですよ。そのお嬢さんにビールをこぼしたんです。」

「ほう。石和一郎議員と言えば、無罪判決が出たばかりですねェ。そのお嬢さんに粗相をしてしまえ
 ば、経営者としても解雇せざるを得ない…ということですね?それと、勤務態度はどうでした?」
「そ、そうじゃ…あ、ありません。石和先生のお嬢さんでなくても、刑事さん。若い女性にビールを
 ぶちまけるような店員は、置いておけないでしょ?前々から態度の悪い男で、無断欠勤もするし。」

もうひとりの若い刑事は終始、無言で相槌を打っていた。登呂道文夫(とろみちふみお)警部補が店
を出たらすぐ煙草に火を点けたオーナー店長は、電話をかける。暴力団が経営するノミ屋であった。
彼は無類のギャンブル好きで、今日のレースにも大金を注ぎ込んでいたのである。郵便物を取って来
ます、と外に出た笛吹美知佳は、登呂道刑事を追い掛けた。雑居ビルの入口脇に、集合ポストがある。

「…なるほど。安狐狸さんの勤務態度は悪くなかったのですね?そうですか。ギャンブルに誘っての
 らなかったことから折り合いが悪くなった…と。ふむ。いや、彼を犯人と考えている訳ではなく、
 岩船有那さんが殺害された前後からの足取りがつかめないんですよ。もしや彼も、巻き込まれてい
 るんじゃないか、と思いましてね。どうもありがとう。また何かあれば、連絡をお願いします。」









あとがき
トルストイが「戦争と平和」の連載に着手した頃、好対照としてしばしば話題に上るドストエフスキーは
多額の債務弁済のため、ドイツへ向かいます。そこで有り金すべてを賭博で失いました。前借りしてまで
出版社と契約して発表したのが「罪と罰」ですが、過密なスケジュールの中で速記者に口述筆記してもら
い一か月足らずで書き上げたのが「賭博者」です。その時の速記者が彼の、再婚相手になるのでした。





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2012年05月18日

隠裡葉馬篭侘宿(かくれはのうらまごめのわびじゅく) 18





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No.01573

これ、そこのおっさん!おてんとさまは、見ていらっしゃいますぞえ

                           平成24年4月8日 中山道馬篭宿、日没前の永昌寺で撮影




「住職様、中津川警察様からお電話です。」
呼びに来た修行僧の土岐に、長門へ食事の用意を手伝わせるよう指示する。電話機から2人が十分に
離れたことを確認して、電話に出る。住職の悪い勘は的中した。黒ではないが、灰色が確定する。
「南木曽マラソンの交通規制について打ち合わせしてくるので、昼食は先に済ませてください。」

住職の戻るのが遅くなれば修業僧たちが先に食べるのは、何も今に始まったことではなかった。疑い
もせず彼らは返事をした。厨房へわざわざ赴き住職が伝えたのは、安狐狸勝(やすこりまさる)にも
聞かせるためであった。警察からの電話を、彼は知っている。動揺を抑えるためのものであることは
言うまでもない。もうすぐ南木曽マラソンが開催されることを知っている修行僧たちは疑いもしない。

「そうですか…安狐狸が本名でしたか。長門君、いや安狐狸君の犯行と決まっていないのですね?」
絵心があり似顔絵は、最も得意とする住職である。彼が寺に来た時から管轄の中津川警察署に届け出
ていた。滞在時期が不明な場合、何らかの事情があって然りである。永昌寺にいれば、そのほうが当
局も安心であった。住職の目的は突き出すことより、更生させることにある。その必要もなさそうだ。

暖かい日が続いたせいか日当たりのいいリビングルームの室温は、じわじわと上昇を続ける。岩船有
那の遺体が傷み始めるのに十分な温度にまで達するに、たいして時間はかからなかった。戸建てと比
較し機密性の高いマンションだったが、全くの密室ではない。換気扇や通風孔などから漂う臭気は、
萌え始める新緑と同時に少しずつ周辺地域へ広がっていったのである。複数の主婦が同時通報した。

通報を受けて警察の立会のもと、消防署員がカッターで玄関ドアを切った。途端に署員たちや警察官
は鼻と口を覆った。腐乱が始まっている遺体は、リビングに横たわっていた。捜査のために金庫が開
けられる。約1m ほどの高さがあるその大きさは、一般家庭では不自然な大きさで貸金業ならではの
ものである。警察官が慣れた手つきで後部にバールを差し込む。簡単に開いた中は、書類のみだった。

防犯カメラから割り出した安狐狸勝の顔写真が、山梨県警から全国に送られていた。頚部に残る鬱血
は絞殺によるものと断定される。死体の傷み具合から死後3日から5日が経過している、との鑑識結
果であった。経営する貸家住人のうち安狐狸勝の行方がわからないことから、山梨県警は何らかの事
情を知っているものと面を割り出したのである。だが県警はこの時、重大なことを見逃していた。

安狐狸は自分がすこぶる落ち着いていることが、一種の幸福に似た思いで認めていた。修行僧たちの
指示に従って調理する。宿坊を営んでいる永昌寺だが、この日は連泊客がなく昼食を作る量は、少な
くて済んだ。末席でいただく昼食は、米粒のひとつひとつが感謝の想いに美味であった。心が静かで
食後の合掌さえ意図的にいつもの倍以上の時間だ。片付けも丁寧に行え、終わると自身の部屋に戻る。

備え付けの箪笥の引き出しから、衣類をバッグに収める。と言っても下着類とあとはわずかだ。固く絞
った雑巾で部屋を拭き、そのまま廊下も拭き掃除を始めた。他の修行僧が自分たちの時間を持って
いるわずかな間、安狐狸は次に廊下の窓を桟から拭き始める。帰ってきた住職が下から眺めていた
ことも気付かない。その後、後ろに立っていたことも。長門君、私の部屋へ来てくださいますか?

昨夜の全国放送は、不思議と永昌寺の誰にも知られることはなかった。警察発表は岩船有那遺体発見
の事実だけであった。キー局である放送局のひとつだけが、通報で得た情報をフライングして安狐狸が
関与したかのように報道しただけである。この時、行方がわからないのは事実であった。自分の位置付
けが参考人程度であることを知らず、安狐狸は犯行のすべてを話そうと、住職の部屋を訪れる。









あとがき
山梨県では青木ヶ原樹海での死体を含めて、平成22年度上半期に661体の死体が取り扱われた事実が
公表されています。死因を追及する必要のあるもののうち犯罪性の疑わしきものは、刑事訴訟法
第129条に基づいて司法解剖の対象となります。このうち対象となったのは24体、3.6%のようです。
莫大な費用を要することも原因ですが、すべての真相を追及するのは困難ではないでしょうか。





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2012年05月17日

隠裡葉馬篭侘宿(かくれはのうらまごめのわびじゅく) 17





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懸垂なライン


No.01572

このマンホールの蓋が、ずっと残りますように…

                                2012年4月9日 中山道馬篭宿内のマンホール蓋を撮影




快闊な女性である。まん丸い顔の中に、まん丸い大きめの目がはめられている。そのまん丸い顔も、
まん丸い胴の上に乗っかっている。上着の下に収まるお腹周りも、豊かな曲線で描かれていた。教壇
の上で内側に向けて開かれた手の指も、そのひとつひとつがすべてバナナのように丸かった。スラッ
クスで隠れているため気付かれないが、ふっくらふくらはぎが高くはない彼女の背を支えている。

16、7の娘でもあるまいに、ころころとよく笑う人丸温子は月曜日、校長から紹介されて和恵のクラス
に現れた。恐らく当分は3年生のクラスを担任することになるであろう、産休補助教諭である。実際は
年度末まで担任を勤めることになるであろうが、校長の配慮で生徒には伝えられなかった。中途半端
な時期になった理由があったのである。生徒たちに人気のある女性教諭が元の担任であった。

2児の母である人丸温子は、ほとんど宿題を出さない。無論、残業や持ち帰り業務を避けたい意図を、
生徒たちは知らなかった。年長組、年少組、2人の保育園児がいれば、時間外勤務に携わる時間が
ないのは当然であった。大らかな先生で、何をしても叱らない。最初は図に乗って悪戯をしていた男子
は拍子抜けしたのか、やがておとなしくなった。笑ってばかりで、叱ってもらえないのである。

比較的、明るい生徒だった和恵が無口になったのは、人丸温子が産休補助で入った月曜日からである。
「早ォ、みんなのお名前、覚えんといけんね。ほいじゃあ、出席を取るけえ、元気に返事してね。」
お互いに様子見の色合いが濃く、生徒は児童らしく元気に返事をした。やがてみんなの顔がこわばる。
「安狐狸(やすこり)和恵さんっ。珍しい苗字やけんど、もしかして安狐狸勝君の妹さんかいね?」

1時限め終了のチャイムがなり、級長の萩高広が号令をかける。人丸先生が教室を出るとすぐ、副級
長の阿武美晴が萩のところへやってきた。いきなり袖口をひっつかみ、斜め後ろの席にぼんやり座る
和恵から引き離すように廊下まで連れてきた。なんじゃあ、美晴ちゃん。高くん、職員室へ行こっ。
道々説明する阿武の話は、萩へ的確に伝達された。失念していたことを詫び、萩は足を早める。

血が登った阿武美晴が先生っ。職員室の扉をずらし失礼しますと言った後、いきなりの発声である。
人丸の机にたどり着く前から萩も、刺激を受けてか歩み寄りながら要件をまくし立てた。丸い目を一
層、丸くした人丸の元へ先に到着したのは教頭の滝部であった。人丸に伝えておくべきであったこと
に気付いたのである。2人の生徒は、兄が行方不明の安狐狸和恵を刺激しないよう懇願して出て行く。

自身の処理能力を知っている人丸温子は、2人めを身ごもった時点で退職した。その2人めを保育園
に預けたことで産休補助教諭要員として登録し、普段は実家の軽便な仕事を手伝っていた。人丸は過
去に安狐狸勝を受け持ったことがある。印象が強かったのは姓ではない。いつも遠くばかり見ていた
目が、やがて夫になる恋人に似ていたからであった。まだ旧姓の伊上を名乗っていた頃のことである。

それから3日経った木曜日のこと。あちこち漆の剥げた座敷机の上に、大きめの鍋が乗っかっている。
背を伸ばしながら筍の煮物をつつく和恵の箸が止まった。いささか乱暴に切った雑魚が山のように盛
られた丼から取ったばかりの刺身を、母親がぼとりと落とす。周辺に飛び散った醤油を誰も咎めない。
父や次男の均も、開けた口を閉じることさえ忘れてテレビを注視した。全国放送のニュースだった。

「今日昼過ぎ、山梨県甲府市内で貸家業と金融業を営む岩船有那さん46歳が自宅マンションのリビ
 ングに遺体で発見されました。岩船さんは首を締められた痕があり、何者かに殺害されたものと思
 われます。近所から異臭がすると通報があり、警察と消防が立ち入ったことで発見されました。
 遺体は死後数日を経過しており、同時期に住人の安狐狸勝さん21歳の行方がわからなくなって…」









あとがき
中山道六十九次、43番目の宿場が馬篭(馬籠とも記載)宿です。木曽11宿で最も南に位置し、
かつては長野県木曽郡山口村に属していました。挿入画像は訪れた4月9日に撮影したものです。
平成17年に越県合併として、馬篭宿は岐阜県中津川市に編入されました。マンホールの蓋に残る
YAMAGUCHI の文字は住民の過去と村の歴史を肯定するものであり、私は嬉しく思います。






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2012年05月16日

隠裡葉馬篭侘宿(かくれはのうらまごめのわびじゅく) 16





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懸垂なライン


No.01571

今の私なら正座が10分と持ちません

                        2012年4月8日 黄昏時の近づく、中山道馬篭宿の永昌寺で撮影




永昌寺の境内で起きた事件は、住職の恫喝で幕を引く。無限連鎖講を企てた者たちが取り分を巡って
の仲間割れであった。中津川商事は多くの被害者を出し、その多くが高齢者であった。若い従業員た
ちは高い歩合率に狂喜乱舞、共に入浴したり添い寝などの文字通り寝技を用いて、独居老人たちを騙
す行為が日常化していたと言う。途中で騙されていると知りながら、契約締結した老人も少なくない。

傷害未遂で警察に連行され、または保護されたのち、静けさを取り戻した境内に安狐狸勝(やすこり
まさる)が出てきた。深夜に訪れ身を隠すようにように睡眠を摂る安狐狸を、住職は知っていたので
あった。朝食はまだでしょう、と住職は告げて、営んでいる宿坊のひと部屋に彼を案内した。予想通
りの従順な態度を、ついてくる足音で確かめた住職は若い僧に指示して、食事を部屋に運ばせる。

「召し上がられたら、本堂にお越しください。場所は、おわかりですね?」
まな板の鯉のようにされるがまま、の安狐狸である。当然だが魚は出て来ない。肉のように思えたの
はグルテンで作られたものであった。ひとつひとつを丁寧にいただき、最後に茶碗へこびりついた飯
粒を取るために茶を注いだ。啜ったあと、1枚だけ残した沢庵をへらのように用いて飯粒を口に運ぶ。

合掌し食事を終えた安狐狸は、膳ごと運んで廊下を歩いた。さきほど料理を運んでくれた修行僧が気
付き、持って行ってくれた。後姿に、ごちそうさまでしたと頭を下げる。言われたとおり、本堂へ入
ったが誰もいなかった。正座した安狐狸は無作法に見回すでもなく、住職が訪れるのを静かに待つこ
とにした。まんじりともしない身体と異なり、頭の中では様々なことが錯綜してまとまらない。

日本海に面する山口県の漁村に、長男として生まれた。強く自己主張する子どもではなく、たいてい
のことは従った。成績は可もなく不可もなく。何かやりたいことがあった訳でもない。それは物心つ
いた頃から、父の漁師を継ぐように教えられてきたからであろう。強いて言えば、図画工作や美術の
成績だけが段階評価の最上をもらっていた。漫画と言うよりイラストが好きで、よく描いたものだ。

エスカレータが恍惚の人間を運ぶように、何も考えないまま延長的義務教育として地元の高校へ入学
する。見栄えが劣る訳でもない安狐狸が女子の話題に上らなかったのは、覇気が感じられないからで
あった。また、そんなことを考えたこともない安狐狸は、すべてに身を任せて生きてきた。どこにも
イニシャティヴが存在しない。ただ船が嫌いなこと、生魚が苦手なことだけは両親に抵抗し続ける。

聞き入れられることもなく思いが抑圧され、月に2万円程度の給与らしきものを受け取る暮らしは、
さながら3食付の住み込みアルバイトである。彼の淀みに投石したのは、高校時代の同級生である
浦住新(うらずみしん)であった。兄の婚礼参席に帰郷した折、数人の同級生を呼んだ酒盛りの末
席に、安狐狸にも声がかけられたのであった。浦住は彼に、現状打開は行動あるのみ、と教唆する。

仏壇の後ろに母が隠してあるへそくりの30万円と自分が貯めた4万円を足した金額で、よくぞ山
口県から山梨県まで来れたものである。乗せてくれた大型トラック運転手たちに、改めて感謝した。
漂着した甲府での生活は、安狐狸にとってあまりにも劇的であった。600万円を借りて丸目の債
務を弁済し陽菜を売春から解放しようと、岩船有那に言い出した口実もまんざら嘘ではなかった。

「どうですか。ご自身を見つめ直す時間に十分でしたかな?」
住職が本堂に現れたのは、1時間以上も経過した頃であった。何から話していいのやら戸惑う彼に、
天候や自然の息吹などの取り留めのない話をし始める。わずかな間を採った住職は、安狐狸に告ぐ。
「仕事はいくらでもあります。好きなだけ、ここにいればいいでしょう。何かを得てください。」








あとがき
1985年、夕方のテレビニュースは日本中の視聴者を驚かせました。大阪市北区にある永野一男
豊田商事会長の自宅で逮捕予定の情報を入手、テレビカメラが現地に訪れた実況中継でした。被害総
額2,000億円とも言われる巨大詐欺事件として注目されていた矢先、右翼団体所属を名乗る男に、
刺殺されたのです。悪が栄えることなど、あってはいけない神の降臨だったのかも知れません。





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2012年05月15日

隠裡葉馬篭侘宿(かくれはのうらまごめのわびじゅく) 15





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No.01570

ここの坂道を走ったら、私だとすぐに捕まることでしょう…この日もカメラバッグだけで10kg以上ありました

                        2012年4月9日 中山道馬篭宿の石畳に埋め込まれた道標を撮影




朝もやのけぶる中、その男は赤い自動販売機の前に立っていた。下界の5月は新緑が芽吹き、生温
かい風が頬を舐めていく季節である。県境にある中山道馬篭宿の朝は、刺すような肌寒さで始まった。
それでも早くから目を覚まし、吸い込む空気に清々しさを満喫している。夜露にうっすら濡れる石畳
に足を滑らせないよう用心しながら昇り、展望台で一際、大きな深呼吸をしたすぐ後のことであった。

ひどく喉が乾いていることに今更ながら気の付いた男はポケットをまさぐる。500円玉に当たる指を
躊躇させた。右のポケットにはいつも1枚だけ、入れておく癖があった。所有するズボンに同様、1枚
だけ入れているのは何かの時にと思っているからだ。男の躊躇は、釣銭にあった。だが優先順位は
喉の乾きを癒すことであり、後で小銭入れに入れておけば済む。投入口に入れ、ボタンを押した。

その時、上扇屋の主は店の扉を開けることに躊躇ったと後に語る。朝の静寂をつんざく怒号に、男は
振り向いた。まさかここまでは追って来ないだろう、と高をくくっていたのだが。釣銭はおろか、商品
さえそのままに走り出す。杉の屋、中井筒屋、若松屋の横を全速力で走った。藤村記念館の前で男
はつんのめりそうになる。まだ開いていない観光案内所から、間違えて入った女が飛び出したのだ。

文豪、島崎藤村の生家は庄屋の家柄である。本陣を営み、問屋としても役人や民の信頼が厚かった。
明治28年の大火は凄まじく、生家は消失してしまった。だが地元住民たちの勤労奉仕により記念館
として再建された経緯がある。藤村の詩をこよなく愛する者や「破戒」や「夜明け前」に代表される
純文学に心酔する者たちが、今でも多く訪れる場所であった。随所に当時の面影を残している。

その真向かいにある観光案内所は、坂道の両側に続くいにしえの宿場町を訪れる観光客のために設
けられた建物であった。坂道の石畳が脇にまで伸びたような形を成す、石の庭部分を保有する。同じく
早い時間に目が覚めたであろう女が、散策の途中で入ってみたに違いない。当然に営業時間があり、
それに至らなかった。往来の坂道からは見えにくい位置に、観光案内所の入口があった。

特段、求めるものがあった訳でもなければ、目的の土産物があった訳でもない。観光に訪れれば看板
の大きさに比例して好奇心が鎌首を持ち上げたとしても、不思議はあるまい。何らかの掘り出し物的
な情報があれば嬉しかろう、と石畳の庭を歩いたものの諦めて出る。まだ宿場町の坂道は続くもので
あり、探索の続きを喫する思いで出る。だが余所見をしていたため、駆け降りる男とぶつかりかけた。

ここで男とぶつかっておれば恨まれたかも知れない。それほど男は焦っていた。今までのことが水泡
に帰す。ここで捕まる訳には行かないのである。幸い女が恨まれることはなかった。次の瞬間に男は、
その女のことなど忘れていたに違いない。待ちやがれ。待たんか。追っ手も力の限りに走る。いずれ
も屈強な男たちのはずであったが、さすがに夜通しの追跡に疲労の色を隠せなかったようである。

四万木屋、馬篭茶屋の前を走り抜ける時、あわや襟首を捕まれそうなほどに縮まった。下り坂の石畳
は追いかけるほうも足元がおぼつかないらしく、うさぎや、道中おやきの店の辺りで差をつけることが
できた。やをやと下扇屋の間を男は不意を突いて右に身体を傾ける。裏道に入り、駐車場の前を左
に曲がった男は賭けに出る。永昌寺の石段をかけ登ったのであった。だが最後の段で均整を失った。

いつまでも逃げ果せるものではない。交通機関の往来が激しい都会であればいざ知らず、起死回生
の逆転劇など有り得ないのだ。逃げる側と追う側が延々、体力の続く限りを繰り広げるだけである。
ま、待て。話せばわかる。問答無用。男に凶器が向けられた瞬間、現れた住職の声が制した。ここは
寺。殺生など許されるものではない。初老の寺男が、男を匿った。これ、そこの青年も出て来なさい。








あとがき
19歳の盆休み、買ったばかりの400ccで大阪府枚方市の社員寮から京都へ向かい、流れに任せて
福井県まで行きました。道路案内標識に永平寺の文字、高校の修学旅行で訪れた記憶が蘇ります。
駐車場の裏側は下部に空間があり、置かれたベンチで寝ることに。夜半からの雨、寒さに目覚めました。
ふと後を見ると、施錠されておりません。消防車の中で朝を迎えました。消防団のかた、ごめんなさい。





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2012年05月14日

隠裡葉馬篭侘宿(かくれはのうらまごめのわびじゅく) 14





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No.01569

実際は神坂PAから馬篭宿の南入口まで、徒歩15分ほどでしょうか…ちなみのこの文章では、この看板を見ない道を通ります

                                 2012年4月8日 岐阜県中津川市落合辺りで撮影




その昔、街道として中山道ができた頃には電気などというものはない。夜になればまったく何も見え
なくなったに違いない。幸いなるかな、今は違った。農家と言えど深夜まで起きている2階の灯り、
主たる道路でなくとも街路灯が設置されているところが少なくない。馬篭宿への矢印は何らかの指標
を示してくれている。いつの間にか自分の行き着く先が、馬篭宿であるかのように思い始めた。

いくつか灯りがあるとはいえ、心を奪う程にはならない。道々歩きながら安狐狸勝(やすこりまさる)
は今後のことを考えた。未だに訛りが抜け切らない自分が、山口県から出ることになろうとは思いも
よらなかった。望んでいたことであり、それ自体に問題はない。ところで馬篭宿って一体、何県なの
だろう。ローマ字がふってある看板を見付けなければ、読み方さえ知らなかったのである。

自分がどんな存在であるか、決めておかなければならない。聞かれる度に不自然な態度を示せば、疑
われるのは自明の理であろう。どんな設定が理想なのか、あれこれと思いつくままに巡らせる。幸い
にも馬篭宿とやらはまだ先であり思索を広げるもまとめるも、時間だけには許されそうに思われた。
行動開始前に漠然と考えた記憶喪失設定は、安物の韓国ドラマのようで不自然さを払拭できない。

将棋指しが手を行き詰まらせた時のように、安狐狸は手を広げて持っている駒を確かめてみた。とは
言え、夜露に冷えたアスファルトの上にリュックサックの中身を広げた訳ではない。自分の考えつく
シチュエーションを、頭に羅列することを試みたのである。観光旅行者、自分探しの旅、何かのテー
マをもとに研究する旅。絢爛たる思索はこの時、太陽的存在のはずの陽菜をすっかり忘れていた。

観光旅行であれば、必ず目的が明確化していなければならない。行き先も日程も未定であれば、観光
とは言い難く長期滞在は無理がある。特段の支障がなければ、短期間に移動するほうが怪しまれるに
違いない。馬篭宿の存在どころか読み方さえさっき知ったばかりの、何が観光旅行なもんか。第一、
次なる観光場所はどこなのか。何県かも知らないのに、名所旧跡の何も知らないのである。

消去法の進捗が芳しく、観光旅行者という設定は消えた。自分探しの旅、とやらはどうも好きではな
い。旅の醍醐味に向けて、何やら現実から逃避しているような固定概念に悪感情が払拭できないのだ。
事実、逃避なのであるから当然なのであるが。何かの研究、これは悪くない。長期滞在も不自然では
ないし、この地の方言を肌に染み込ませるまでいても不思議ではないではないか。

ふと違う角度から、目的への求心力を思いついた。経済面である。山口の家を出る時に持ってきた背
中のリュックには今、200万円とわずかの小銭が入っている。100万円は、首を締めた岩船有那
の手から取ったものである。安狐狸は自分が彼女に、退職金としてそれぐらいもらってもいいような、
そんな得手勝手な想いが浮かぶ。もう100万円は心苦しい。陽菜の売春行為が伸びることになる。

近いうちにこの金を、殖やして陽菜に返したいと思った。事の起こりは丸目羅豆腐のおやじの債務を
弁済させるために、600万円を岩船有那に借りようとして起こしてしまった犯罪である。やはり、
優雅に旅行など洒落こんでいる場合ではなく、何らかの形で労働へと移行しなければならないだろう。
安狐狸は整理を試みた。漁師が嫌だっただけで、労働は苦にならない。よし、ここで働くんだ。

左掌をぽおんと右手拳で打ったものの、雇用への自然なアプローチが思いつかなかった。くねくねと
単調な道が続く。思考がつづらおれに進むだけで、一向に結論という目的地にたどり着きそうもない。
道は馬篭宿の入口を見せたが、入る自信がなかった。夜中に歩いていても、不審者に思われる。さら
にくねくね道を登っていく。寝ていないことに気付き、見つけた寺らしき建物に引かれていった。









あとがき
直線の多い名神高速道路ができた時、ドイツ人技師が事故の多発を予想したそうです。のちに作られた
中央道は山間部を縫うように作られ、起伏の多い設計です。これによりトラックなどは燃料節約運転で
下り坂を暴走しなければならず、悲しい事故が起きています。15年ほど前、大阪から長野へ旅行ですが、
朝日に向かって走るためサングラスをしても眩しくて困りました。助手席に向かって「君が眩しい♪」






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2012年05月13日

隠裡葉馬篭侘宿(かくれはのうらまごめのわびじゅく) 13





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No.01568

夏炉冬扇、今では見るだけで暑苦しい画像であります A^^);

                                      2012年4月9日 中山道馬篭宿某所で撮影




物質にはすべて沸点と融点がある。身近なところで水を例にとれば1013hp の場合、摂氏100度
で沸騰し、摂氏零度で凍結する。現在の姿を変えるには少なからずのエネルギーを必要とする。融点
と違って沸騰には539calを消費するのである。閉じられた空間でない場合、沸騰すれば蒸発して
しまう。その昔、心を沸騰させた後に消えることを、蒸発などと言った。行き方知れずの意味らしい。

住むワンルームマンションのオーナーである岩船有那を絞め殺した安狐狸勝は、丸目陽菜に薦められ
自首することを決めていた。罪を悔い償っても、自己満足に過ぎない社会性を忘れていたのである。
刑期を終えてもきっと、犯罪者の烙印が消えることなどないだろう。一生つきまとうのは差別であり、
無関係な家族まで同じ冷遇を受けることだろう。もう自分だけでは済まない問題なのである。

岩船有那がしていたことは弱者を苦しめる行為であり、彼女がこの世を去ったことは数え切れない人
々を解放へと導くことに他ならない。この時点で安狐狸勝(やすこりまさる)はそう信じて疑わない。
それでも殺人は殺人。償う義務があることに違いはない。だが今のぼくには、安易に罪を認める訳に
はいかないのだ。安狐狸の脳内テーブルで、功罪の四則計算が高速度で演算されていった。

防寒効果の高い服を出し、ハンガーごとカーテンレールに引っ掛けた。家出する時に着用していたも
のである。逃亡ではなく蒸発したように思わせるため、時制をかなり巻き戻すことを効果と考えた。
幸いにも交友関係がほとんどなく、ぼくの存在なんて数えるほどしか覚えていないだろう。居酒屋を
解雇された日は、まだ夜など震えるほどであった。旅行中に記憶喪失の設定など、どうだろう。

電気やガスの使用記録など調べれば簡単にわかることを忘れ、安狐狸は自分に都合良く物事を考えて
いた。それは過去の安狐狸にない思考傾向であったことは間違いない。ふとポケットをまさぐり、マスク
を見つけた。駅前で無差別配布していたものである。自分は対象外であるが、世に花粉症なる疾病が
あることを幸いに思った。この時点で安狐狸には、平素の誠実性が忘れ去られていたのであった。

できるだけ人通りの少ない道を選んだため、かなりの時間を歩くことになった。尤も、今の安狐狸には
苦にならない。搬入業者が通行する道を歩く。中央道の双葉スマートインターチェンジは明るく、そこまで
の道に迷う懸念は取り越し苦労に終わった。わざと端に回り、ライトの照射を避けた。ひとりでも今は誰か
とすれ違いたくないのだ。荷台をこんもり盛り上がらせた2t トラックが、幌を被せているのを見つける。

辺りを見回し、安狐狸は幌の端をめくってみる。十分に広さを感じてほくそ笑んだ。それは変わらぬ
姿勢を押し付ける狭さではなく、体位の変更を許す空間である。それなりの大きさを迎えるウレタン
は、振動を押し付けられる危惧を免れそうである。しばらくしてぶるぶると唸ったと思ったら、動き
出した。さあてどこで止まるやら。見つからないうちに、このトラックから離れるのが賢者だ。

緩衝のウレタンが敷かれていたとしても、トラックの荷台は快適な旅を確約するものではなかった。
3時間ほど走行して停る。東名高速道路と異なり、中央道は山間部で起伏が多い。蒸発する安狐狸は
気化熱に相当する、体力と気力を消費していた。不安要素に塗れ、安堵など訪れるはずもない。荷台
が振動を忘れた頃を見計らって、シートの隙間から身の安全を伺う。よし、降りるなら今しかない。

PAの駐車場には他に2台のトラックと1台の乗用車が、疲れを癒していた。神坂と書かれてある建
物から見て死角になるよう、わざともう1台のトラックの陰に身を潜める。歩き方までひょうきんな、
ずんぐりむっくりの中年男が戻っていくのが見えた。お世話になりました。安狐狸は無断乗車の礼を
心の内に述べて、建物のほうに近づく。そして裏へ回った。運搬用の進入路が、必ずあるからだ。










あとがき
何かをするにあたってエネルギーが必要なのですが、このエネルギーが曲者であります。腹が減っては
戦ができぬ、と先人が申しているとおり、何をするにも腹が減ります。腹が減るから食べるのですが、
食べると太りますし、我慢して絶食すれば倒れそうになります。仕方なく食べると、絶食した分だけ
簡単に戻るのです。このあたりにエネルギー供給の無駄があるように思うのですが、値上げですって?






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2012年05月12日

隠裡葉馬篭侘宿(かくれはのうらまごめのわびじゅく) 12





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No.01567

「木曽路はすべて山の中である。あるところは岨づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曽川の岸であり、 あるところは山の尾をめぐる谷の入口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。」  島崎藤村「夜明け前」より

                          2012年4月9日 中山道馬篭宿、上入口展望台より恵那山を撮影




潮時を迎える折、走馬灯のように浮かび来る表現を耳にするが、あれは嘘である。規則正しく次の絵
柄が順序よく現れるものではない。ある想いは大きく、ある想いは小さく、また頻繁に出てくるもの
もあればあまり出てこない想いもある。さっと駆け抜ける想いもあれば、いつまでも居座る想いもあ
る。たいてい居座るものは嫌な想いであり、悲しい経験だったりする。浮かばなくてもいいのだが。

長男であるから、という理由だけで近代まで世襲のもののように言われてきた。血を以って継ぐのを
可しとせず筋を以って継ぐを継ぐと為す世阿弥の言葉が、少し前に読んだ本の中から思い浮かぶ。
ぼくに漁師は向いていない。それなのに強制する束縛力は、記憶の父を醜悪な獣のように変えていく。
その醜悪は自分が首を締めた岩船有那の顔へと変わっていった。記憶は、ぐったりと動かなくなる。

はあはあと息を荒らげながら安狐狸勝(やすこりまさる)は、不要な時刻に目を覚ました。後ろ手に
ついた手が、濡れた枕に触れた。図らずも逃げた手は、枕元のスマホに当たる。癖のように見るとは
なし、見れば午前3時であった。呵責は始まったばかりである。丸目陽菜の言うとおり、自首するこ
とにより免罪符を手に入れることができるかも知れない。岩船有那の霊騒が続くであろう。

絢爛たる思索が次々と出没する。その中でも珍しく建設的な考えが浮かんできた。夜に考えても、何
らの解決を見ない。行動には太陽の存在が必要なのだ。そこまで考えて、また邪念が横槍を入れる。
太陽と言えば今のぼくにとって、陽菜さんは太陽である。すべての生きとし生けるものが天体の太陽
を必要とするように、自分の中で最上級の存在価値になっていることを少しも否定する気はなかった。

安狐狸の部屋に陽菜はいない。部屋の外にも太陽は出ていない。今、悩んでも答えは出てこない。今
はとにかく眠るのだ。勝手なもので自分の心が整理づくと、待機していた眠気の出番を許すのである。
安狐狸が目を覚ましたのは、天体の太陽が南中高度に達する少し前であった。途端にすべてが活動を
開始する。そのうち最も活発である胃袋が、強壮な主張を起こした。食べ物のコンテナをまさぐる。

はったい粉を見つけて、湯を沸かした。沸くのを待つ間、部屋の広さには十分な大きさの液晶テレビ
の電源を入れる。今日の夜はもう留置場だろう。名残惜しくもないが、テレビでも見ておこうか。画面
には中年女性たちがスプレー式殺虫剤を手に、滑稽に歌いながら踊っていた。ポットが役目を終え、
安狐狸は器に出したはったい粉に、静かに湯を注ぐ。多過ぎるように思われた湯が、適度に混ざった。

思えば実家にいる頃のほうが、ましな食生活である。刺身に飽きていただけで、留置場や刑務所では
それも無理だと思う。はったい粉は出ないだろうが、食事は質素に違いない。この食事は予行練習で
あると言わんばかりに、口の中へ入れた。CMが終わり、ワイドショーは先日に起こった中央道の事
故を報道する。まだやっているのか。飲酒運転事故は、派生する二次的な事件を引き起こしていた。

加害者であるトラック運転手の妹が、自ら命を絶ったのである。兄の起こした事故が原因で、嫁ぎ先
の家族に不遇な扱いを受けていたのであった。将来を悲観する遺書が置かれていたことで決定づけら
れたようである。それを見た安狐狸は、少なからずの衝撃を受けた。自分には弟と妹がいるのである。
妹の和恵など特に、安狐狸に懐いていた。そして今回のことは父や母に関係がないはずである。

殺人者の妹と言われて虐待を受ける、実家にいる和恵の涙や均が歯を食いしばるシーンが思い浮か
んだ。また一方で、犯行の前後シーンが彷彿された。待てよ、陽菜さんが手渡してくれた大金は何だ。
逃亡を容認する意味ではないだろうか。そうだ、そうに違いない。それに二日も経過したのに捜査の
手が伸びていないのは、疑われていないからだ。このまま夜の帳が降りるのを待つことに決めた。









あとがき
そこに行けば心が安らぐ場所を持てる人は幸福だと思います。心の安らぐ場所がない人は、餓鬼道に
身を落としやすいのかも知れません。島崎藤村が恵那山を眺めた時、いったい何を考えたのか、
もちろん本人でなければわかりません。厳しい冬を過ごし、旅行者の求めたがる侘び寂びの想いを
住む人々は向き合って生きるのでしょう。ばか〜と叫べば、あほ〜っとこだまが返ってくるかも…^^





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        《打上花火》・・・短くも美しく燃え
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2012年05月11日

隠裡葉馬篭侘宿(かくれはのうらまごめのわびじゅく) 11





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懸垂なライン


No.01566

人の感情はね、時には意外な行動をとるものなんだ…違うかね?

                               2012年4月9日 中山道馬篭宿北口手前で撮影




その客が豆腐を買いに来た客かどうか、丸目陽菜(ひな)はすぐにわかった。一度会っただけで安狐
狸勝(やすこりまさる)は彼女を、ヘレニズム神秘思想における叡智の女神であるソフィアであるかの
ような聡明な眼をしていると彼女の父親に話したことがあった。実際に陽菜は才色兼備な女性である
が、同時に陽菜も安狐狸を智慧な男性であることを、感じた誠実に付け加えて父に告げていた。

「陽菜さん、お話したいことがあります。」
「それは、ここでなさるような内容ではない、と言うことですね。少しだけ、待ってください。」
安狐狸は彼女が着替えて出てくるものとばかり、思っていた。だが、数分後の服装は同じである。
「何も、召し上がっていらっしゃらないのでしょう。光明寺はご存知ですか。1時間後に行きます。」

昨夜は一睡もできなかった。鏡を覗いていない安狐狸は、自分の顔を知らない。くまを作り髭が伸び
始めている顔は、聡明でなくても睡眠不足に気付く。寝ていない者が食べているはずもなく、自分に
話したい用件があるとすればただごとではないことを、陽菜は瞬時に感じ取ったのである。1時間後
を設定したのは、落ち着かせるためだった。光明寺で、おにぎりを口にしながら安狐狸は整理する。

スマホの時計を見ながら、この支払いもできなくなるだろうと考えながら表示の時刻が3分前である
ことに気付く。ふと感じるものがあり、顔を上げた。それは着替えて妖艶な陽菜であった。
「呼び出したりして、済まない。これから話すことを、最後まで聞いて欲しい。ぼくは、あなたに…」
愛の告白から始まった長い話を、陽菜は適度な相槌を持って聞いていた。終始、目が輝いている。

およそ60秒ほどの、告白の途切れがあった。最後の言葉が終わりを知らせるものと判断しても差支
えないものであったことで、今度は陽菜が話し始める。自分の日常を知った上で想いを寄せてくださ
ることへの感謝、正直に言うと同様の感情を抱いていたが伝えるにはばかったこと。迷惑でなければ
いつまでも待っているから、きちんと罪を償って欲しいこと。自首することが最善であると思うこと。

境内の隅にある石の上に腰掛けている安狐狸は長いこと俯いたまま、膝の上で組んだ両手の上に額を
のせて動かなかった。やがてゆっくりとゆっくりと、ゼンマイ仕掛けの絡繰人形のように顔を持ち上
げる。まるで接着剤でくっついたものを剥がすかのように、途中で目を開いた。もし…もし、ぼくが
逃げたら君はどうする。少し前にある小石へ視線を無意味に固定したまま、安狐狸はつぶやいた。

「私は追い掛けたりしません。それはあなたを諦めたのではなく、私が逃げたら今度は妹が私の代わ
 りをしなければいけなくなるからです。父の失敗は、亡くなった母にも責任の一端があるのです。」
妹が今の母親との間にできた子どもであることは、丸目から聞かされていた。丸目が事業に失敗した
のは妹も物心ついた後のはずである。きっと何か、それなりの事情があるに違いない。

いつまで使うことができるか不安はあったが、安狐狸はスマホの電話番号とメアドの交換を試みる。
「ええ、そうです。私をソフィアと言っていただいたことを、父からお聞きしましたから。」
自首をするつもりではいるが、少し考えさせて欲しいと安狐狸は告げる。心の準備が必要なことは、
十分に理解されるだろう。互いの目を見つめ合う沈黙の時は、安狐狸が踵を返すことで終わる。

待って。背中に感じた柔らかさは、とても温かく感じた。下に垂らした両腕の外側から回された手の、
柔らかな激しさを感じた安狐狸は歩を進めるのをためらった。その手が外され、素早く前に回る陽菜
は封筒を手渡す。困った時に使ってください。今度は彼女のほうから走り出す。見えなくなるまで佇
んでいた。封筒を覗いてみるとかなりの金額が、いつまでも待ちますの一筆箋と共に入っていた。











あとがき
成り行きで犯罪を犯してしまった時、すぐに自首して罪を償おうと思う潔い人間って、どのくらいの
割合なのでしょう。恐らく警察庁などは数字のデータをもっておられるのでしょうが、なかなか思い
切れるものではないと私は思います。家族のこと、将来のことなどを考えると逃避を考えるほうが
多いのではないでしょうか。そのうち私が、殺人を犯すかも知れないので考えておきましょう^^






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2012年05月10日

隠裡葉馬篭侘宿(かくれはのうらまごめのわびじゅく) 10





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No.01565

宿場町を簡単に通り抜けられないよう、幕府は枡形を義務付けたようです…馬篭宿を下から上がると、2か所続けてクランクがあります…岩倉具視の乗った人力車が曲がり切れずに…

                       2012年4月9日 中山道馬篭宿の曲がり角(枡形後付近)を撮影





スマホがショパンのエチュード12番を奏でる。岩船有那が持たせてくれたものだ。岩船からの着信
をこの音に変えていた。要件はたいてい決まっている。心を殺し無機質でいなければならない。やは
り内容は、予想通りであった。すぐにと言われたが、20分後に行きますと答える。部屋に居たため、
10分とかからない。安狐狸勝(やすこりまさる)は狭い部屋で立ち上がり、大きく深呼吸をした。

「悪かったね、急に呼び出したりして。予定が変わっちゃったら急に欲しくなったのよ。」
いつもと変わらない受動的な時間が過ぎた。何も考えないようにし、ただただ終わるのを待つ。それ
は画一的ではなく、有那の気分で形や方法も変わった。サイドテーブルの煙草を取り、それに火を点
けたら終わりのサインであった。満足したであろう頃合を見計らい、安狐狸はお願いがあると告げた。

「シャワーを浴びてくるから、待ってな。」
珍しく羽織らず、ガウンを左手で束ねるようにして持ったまま有那は寝室を出る。母親より年上の
後ろ姿は醜く弛んでいる。意図的に仮死状態であった自分の心を、少しづつ生き返らせるように服を
着た安狐狸はリビングへ移る。豪奢な本革製のソファに浅く掛けて、岩船の戻るのを待った。

事が済めばたいてい、安狐狸のほうからベッドを去る。サイドテーブルの引き出しにある財布には、
いつも決まって5千円札が入っていると見え、必ずそれを1枚だけ渡される。岩船と違って余韻を楽
しむ必要もない安狐狸は義務を終えて、隣の建物であるワンルームマンジョンへ帰っていくのだ。
待たせる効果を熟知している岩船と違って、それを知るに安狐狸には人生経験が足りなかったようだ。

安狐狸の視線の先に、象のような脚が現れて近づいた。向かうように座ると、煙草に火を点ける。
長く吸ったと思ったら、顔を右に向けて大きく吐き出す。お願いって何だい。金が要るのかい?
これは話が早い、と思い美大へ行きたいから600万円、融資してくれないかと持ちかけた。
「必要な時に、取りにおいで。まとまった金は渡さないよ。」

「絵描きにでもなるつもりかい?あんたにそんな才能があったとは、ねェ…」
やおら立ち上がる岩船。裾が乱れて一瞬、七面鳥の丸焼きのようなこんもりとしたふくらはぎが覗き、
自然にガウンがそれを覆い隠す。リビングルームの隅に置かれた大きな金庫の前にしゃがんで、岩船
はサーっと軽やかにダイヤルを右へ左へ、と回し始めた。安狐狸の視力でも数字は見えなかった。

「とりあえず、ひゃくま…」
安狐狸の両手が、太い岩船の首を後ろから締め付ける。かなり長い時間に思えたが、実際は短い時間
にぐったりとした岩船が自分を支える力を失う。さっき上に乗った重さの数倍はあろうかと思われる
体重が安狐狸にのしかかった。肉塊の下からやっとの思いで自分の脚を抜き、手から札束を奪った。

自分が指紋を付けたであろう箇所を丁寧にハンカチで拭う。それだけは自分でも驚くほど冷静だった。
自分の部屋まで走って戻る。幸い、誰にも会うことはなかった。普段はしないドアチェーンを掛けよ
うとしたが手が震え、なかなか掛からなかった。ようやく事の重大さに気が付くと、冷や汗が出た。
さっき以上に心臓が高鳴り、口から飛び出しそうに思えた。数えてみようとしたが震えが止まらない。

エレベーターの中で既に鼻息が荒くなっている。嶽元光弘にもう後がなかった。今日は確約を取り付
けなければならない。融資話を他に取られてしまう。いや確約ではだめだ。5千万だけでも現金を預
からせてもらわなければ、姉のことである。すぐに気が変わったと言いかねない。改めて異母姉弟の
関係が希薄に感じた。おや、鍵が開いている。中へ入るとガウン姿で俯き、唸っているではないか。









あとがき
サラリーマン時代に「飲む」「打つ」「買う」「ゴルフ」以外に趣味のない上司をたくさん見てきました。
彼らに煩悩以外への興味が感じられないのです。芸術を嗜むとか己を鍛えるとか、人生には有意義な
ことがいくらでもあるように思うのですが資本主義の世界では認められないのかも知れません。
貪ることの、何と愚かなことよ。あ、いけね。最近、おいしいものを食べてばかりだった…A^^);






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2012年05月09日

隠裡葉馬篭侘宿(かくれはのうらまごめのわびじゅく) 9





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No.01564

焼失してしまった藤村の生家の跡地に建てられた記念館です

                             2012年4月9日 藤村記念館(島崎藤村宅跡)で撮影





夜半過ぎからぐずり出した空は、朝まで泣き続けていたらしい。もうそんなことをしなくてもいいは
ずなのに、目が覚めたらまず窓を開けて西の空を見る義務感が身体に染み付いているようだ。天候の
変化は西からやってくる。日は東から昇るのに、いったい地球の自転はどちらへ回っているのだろう。
そんなことも考えずに、ただ父親の言いなりに生きた自分が情けなかった。しかし事実なのだ。

漁師に天候の変化は肝要である。船子として乗らなくて済むようになった今でも、天候を気にしてい
るのだが、果たして良くないことだろうか。狭い部屋の床にぺたりと座り込み、背中を壁に密着させ
ながら安狐狸勝(やすこりまさる)は考え込んだ。ぼくは本当に漁師が嫌いだったのだろうか。もし
かしたら自分の生きる道を、親や運命に決められることが怖かったのではないだろうか。

魚が好きではない、とはいうものの、刺身に飽きていただけではないか。世の中には身体が受け付け
ない人だっているのだから。賽は投げられたのだ。家を出た時点で、ぼくには新たな人生が開けてき
たはずなのである。ここでの暮らしもいつか飛び立つためのモラトリアム期間であり、若い頃に経験
しなければならない試練なのだ。そうでなくても、そう考えるべきなのだ。でなければ発狂する。

窓の外からは少し前までの音がしなくなった。心無しか明るさを取り戻したような気がした。もうす
ぐ晴れ間が見えるだろう。窓を開けた時の見立てが正しかったことに、安狐狸は自信を持った。そう
だ。何もかもうまくいく。考えた以上は答えが出なければならない。答えが出ないのは考えていると
言えず、悩んでいると言うのである。まずは行動しなければ、何も進まないことを知っていた。

雲の切れ目から光の筋がくっきりと見え始めた頃、安狐狸は書店を目指して歩いた。「貧しき人々」
を読み終えたので、次は「賭博者」を読もうと思ったのである。運良く棚に並んでおり、気を良くし
た勢いで丸目羅豆腐店を覗いた。昼食にしようと木綿豆腐を買うつもりだった。店の敷居をまたいだ
のは、初めてのことである。店にいたのはおやじでもなく、いつも見るおばさんでもなかった。

「あの、安狐狸さんですよね?伺っております。いつも父のお相手をしていただいているそうで。」
以前、丸目のおやじが見せてくれた携帯電話の待受画面より、ずっと魅力的で誠実そうな気がした。
午前中は店番をしているのか、たまたまなのか。陽菜です、と名乗る目の前の女性をまともに見るの
が恥ずかしかった。それは彼女の職業を知っているから、だけではない。うしろめたさもあったのだ。

「あァら、みっちィ。いらっしゃ〜い。ひょうちゃん、来てるわよォ。」
チイママが案内した奥から2番目のボックス席には兵頭透が座っており、傍らの新人ホステスに脂下
がっていた。今後、兵頭がのぼせ上がるようにママが筋書きを書いている。水商売の経営者は、金を
落としてくれるキーマンが誰かを考える。いつも支払いは兵頭であり、嶽元光弘には期待していない。

「兵頭さん、もう少し待ってください。必ず、2億円の融資を引っ張ってきますから。」
「無理はしないでくださいね、嶽元さん。実は他からも持ちかけてもらっているんですよ。」
「2おくえ〜ん?すっごォ〜い。儲かったら何、買ってもらお…あ、だめェ、そんなとこ…あん…」
チイママからグラスを取り上げ、ミネラルを入れる前に煽った。早くしなければ、と獄元は焦る。

「店に来られたそうですね。出勤前の娘に聞きました。安狐狸さんを気に入ったみたいですよ。」
焼酎の入った瓶の栓を締め、やかんの湯を足しながら丸目は言った。ひどく嬉しそうである。
「先日の話ですが600万円、御用立てできるかも知れません。今の仕事がうまく行きそうなので。」
確約が取れた訳ではない。安狐狸には勝算めいた自信のようなものがあった。もちろん仕事ではない。










あとがき
鳴かず飛ばずの現状に、モラトリアム期間であると言い訳を自分に続けた時期がありました。
発想を忘れてしまっているだけで、今思い出してもまだ鳴かず飛ばずの人生であります。
モラトリアム期間だなんて言い訳が通用する年齢ではなくなったような気がするのですが、
もしかしたら一生が、モラトリアム期間かも知れません。だから長い目で見てくださいね ^^





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2008年1月26日より拙い随筆を連日投稿しております
当初、Livedoorブログで公開しておりましたが、思うところあって2009年3月1日より、
WORDPRESSブログとしてhttp://freude.be のURLで公開させていただきました

ところが2011年12月19日22時頃の突発的事故にて表示できなくなり
2011年12月30日よりこちらへ引っ越しをさせていただいた経緯がございます

拙文を愛してくださる方々には深く感謝いたします
ブックマーク移転など、ご迷惑をおかけしましたが
今後とも、よろしくお願い致します                        FREUDE
リンク

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やぬし:FREUDE
読者の方が作ってくださいました

兵庫県神戸市在住

昭和37年大阪市中央区生まれ 
思いついたくだらないことを
文章化するのが日課

08.01.26より連日投稿更新中
途中、ブログ整備不良のため
11日間の非表示発生で移転

魚料理をつくること、
歌うこと、
遠くへ行くこと、
撮影すること、が趣味


POSTMAN

FREUDE へ ↑ メール^^
別の顔
クァーズ、飲まずで買いました A^^)

口癖は「どっか行きたい」

旅行から帰った翌日には
つい、こぼしております

別ブログ
《打上花火》…短くも美しく燃え
http://freude-auf.net
コメントを感謝します!
それから、それから、


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